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横浜地方裁判所 昭和47年(ワ)889号 判決

原告

古川巧

被告

東名観光株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対して金六、一六一、四四〇円及び内金五、八六一、四四〇円については昭和四七年六月二八日以降完済迄年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用の負担については、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告らは各自原告に対し金七、八〇六、四二四円及びこれに対する昭和四七年六月二八日以降完済迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一  本件交通事故の発生と被告らの責任

被告東名観光株式会社(被告会社という)は、不動産売買、仲介等を業とする営利会社であり、被告上野通夫(被告上野という)は被告会社の代表取締役としてその業務に従事しているものである。原告は、昭和四五年六月二八日午後六時四八分頃藤沢市藤沢四、二一〇番地先道路上を、藤沢方面より長後方面に向けて原告所有の原動機付二輪自転車(相模一や一六四三、原告車という)を運転中、折から反対方向(長後方面より藤沢方面)より進行してきた被告上野運転の普通乗用自動車(相模五な四五〇六、被告車という)が、原告の前方を走行中のトラツクと後方の車に気をとられ、反対方向の交通事情を十分確認せず原告の存在にも気付かず、急に右折した過失によつて、原告車の側面に衝突し、因つて原告に対し下顎骨開放性挫滅複雑骨折、脳内出血、上唇及下唇腔挫滅創、折歯、右大腿骨及頸骨膝骨開放性複雑骨折の重傷を負わせたものである。

原告は直ちに山崎外科内科医院に収容されたが、約一四日間意識不明のまま生死をさまよい、現在労働者災害補償保険級別で右膝拘縮(一〇級)、右足関節拘縮(一二級)、膝の痛み(一四級)、顔面の瘢痕(一二級)、右下腿の瘢痕(一四級)、下肢の短縮(一〇級)、歯の欠損(一〇級)の各後遺症に悩まされている。

被告会社は、被告車の所有者であり、被告上野の使用者である。従つて、被告会社は、使用者として、及び自動車損害賠償保障法(自賠法という)第三条(人身事故による人的損害)によつて、原告の損害を賠償する義務があり、被告上野は過失による不法行為者として損害賠償の義務がある。

二  本件事故後の原告の生活状況

原告は、昭和四三年三月県立神奈川工業高校電子科を卒業し、同年四月よりソニー株式会社に就職し、爾来右会社の研究開発員として集積回路の開発の仕事に従事していたのである。本件事故のため山崎医院に昭和四五年六月二八日から同四六年二月二三日までの間入院一七四日間と通院による治療を受け、東京歯科大学病院、五反田東光歯科診療所で顎骨骨折、歯牙の欠損(補綴一九歯)の長期間の治療を受け、その他菅原整骨院で電気治療及びマツサージの療養を継続している。原告の日常生活に於ける苦痛を列挙すると主として次のようなものが挙げられる。

1  足は膝の拘縮と右足が四糎短くなつたこと等が原因として、

(一)  和式のトイレは使用できない。

(二)  階段の登り降りが困難である。

(三)  電車等に座ると前の人に足が邪魔をする。

(四)  正座、あぐらをかく事ができず、和式の生活が困難である。

(五)  膝をついて行う作業が困難。

(六)  しやがむことができない。

(七)  寝る前等静かになつたとき、右足全体がいらいらし、薬を服用しないと眠れない。

(八)  すぐに足が疲れ、同一状態の姿勢、運動ができない。

(九)  毎日就寝前、又入浴後誰かに足のマツサージ及び強制的に曲げる訓練をしてもらわないと、足の曲りが悪くなる。

(一〇)  勤務先でも仕事の内容として運動制限があり、機械装置の整備等できないことが多い。

2  一八歯を補綴したことが原因として、

(一)  堅いものがかめない。

(二)  かむ時に大きく口を開けると異音が出て不快になる。

(三)  義歯そのものの違和感が残存している。

(四)  歯を磨く時出血がある。

(五)  食後、義歯との間に食物が入りこみ、毎回注意してこれを取除かなければならない。

(六)  歯のかみ合せが不完全で食物を十分にかみ切れない。

3  顎骨骨折によつて鼻に異常をきたし、

(一)  仕事の際、薬品のにおいやガス漏れに気がつかないので危険である。

(二)  食物の腐敗や薬品の判別等に、鼻をつかうことができなくなつた。

(三)  好ましい香りが判らず、良い香りとされているものも悪く感じ鼻につくことが多い。

他方勤務先に於ても、長期欠勤によつて同僚との間で給与の差が生じ、又世界的技術革新の最先端を行くソニー研究開発員として従前の仕事を継続できないことは明白で、原告の前途は暗たんとしている。

三  損害

1  医療費 金四、四〇〇円

(一)  横浜市立市民病院 金三〇〇円

(二)  東京歯科大学病院 金二〇〇円

(三)  東光歯科診療所 金四〇〇円

(四)  山崎外科内科医院 金七〇〇円

(五)  菅原整骨院 金二、八〇〇円

右以外の医療費は、被告らが支払つたり又健康保険組合で支払済のため請求しない。

2  交通費 金一七、八〇〇円

(一)  山崎外科内科医院 金二八〇円(金一四〇円二回分)

(二)  東京歯科大学病院 金三、六四〇円(金五二〇円七回分)

(三)  東光歯科診療所 金八、三六〇円(金四四〇円一九回分)

(四)  横浜市民病院 金四、八〇〇円(金三〇〇円一六回分)

(五)  菅原整骨院 金七二〇円(金六〇円一二回分)

3  滋養物、諸雑貨氷代購入費用

既に、被告らより受領済みであるから請求しない。

4  逸失利益 金五、六七四、六五〇円

(一)  休業補償 金二一、三一六円

原告は、ソニー株式会社研究開発員として勤務していたものであるが、本件交通事故のため一九一日欠勤の止むなきに至つた。

本件交通事故前三ケ月間の一日当りの所得額は約金二、一〇〇円({本給金62,442円+付加給金89,018円}×1/72)である。従つて休業損は金四〇一、一〇〇円(金2,100円×191)となるが、一部会社より支給を受けた金二〇三、九五六円、ソニー健康保険組合より支給を受けた金九三、三五六円、被告らより支払を受けた金八二、四七四円を控除すると残額が金二一、三一六円となる。

(二)  諸手当不足額 金一二一、三三四円

原告が本件交通事故に遭遇しなければ、勤務先より支給されるべき皆勤手当は金一四八、〇六四円であつたが、その内金二六、七三〇円の支給があつたのみであるからその差額金一二一、三三四円が損害となる。

(三)  労働能力喪失による損害 金五、五三二、〇〇〇円

原告は、前述のとおり後遺症に悩まされ、勤務先では、残業はもとより従前の平常勤務も満足にできない状態である。労災保険級別第一〇級に該当する後遺症が三種類あることから、第九級に該当する一〇〇分の三五とすべきであり、就労可能年数を現在二二才であるから四一年として、これに応じた係数二一・九七〇を乗じて損害の現価を算出すると金五、五三二、〇〇〇円(金2,100円×365×0.35×21.970)となる。

5  慰藉料 金一、五〇〇、〇〇〇円

原告は、一七四日間入院し、一四日間も意識不明の状態が続き、加えて、前記各後遺症も存するから、この精神的、肉体的苦痛を慰藉するには金一、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

6  看護料 金一〇一、一二二円

入院中付添看護を必要とし、そのため、訴外宮原ワイを一日金一、五〇〇円で一二六日間依頼し、合計金一八九、〇〇〇円を必要としたが、被告らはそのうち金八七、七七六円を支払つたので之を控除した残金一〇一、二二四円が損害となる。

7  物損

本件交通事故によつて原告車は大破し廃車の止むなきに至つた。原告車は、事故前一ケ月前に金二〇八、三五〇円で買つたばかりであるので同金額を損害として請求する。

8  後遺障害慰藉料

之については、現在自賠責保険に対し被害者請求をしているので、本訴では請求しない。

9  弁護料 金三〇〇、〇〇〇円

被告は、本件損害金を任意に支払わないため、止むなく本訴を提起するに至つた。そのため、本件を原告代理人に委任し、報酬として金三〇〇、〇〇〇円を支払う約定をした。

四  よつて、被告らは原告に対して以上損害額合計金七、八〇六、三二二円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四七年六月二八日以降完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴提起に及んだ次第である。〔証拠関係略〕

理由

一  原告主張の請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。従つて、被告会社は民法第七一五条(使用者としての責任)自賠法第三条により、被告上野は民法第七〇九条の不法行為者として、後記原告の被つた損害を賠償する責に任じなければならない。

二  損害

1  医療費

〔証拠略〕によると、原告は初診料、証明書料として合計金四、四〇〇円支出したことが認められる。

2  交通費

〔証拠略〕によると、通院のための交通費の合計は金一七、八〇〇円であり、これを支出するを余儀なくされたことが認められる。

3  逸失利益

(一)  休業補償

〔証拠略〕によると、原告は本件交通事故のため一九一日間欠勤の止むなきに至つたこと、原告の一日当りの収入額は金一、六六四円(円以下切捨{本給金62,442円+付加給金89,018円}×1/91=金1,664円但し円以下切捨)であるので休業損の合計は金三一七、八二四円となる。

しかして、原告は会社から金二〇三、九五六円、ソニー健康保険組合より金九三、三五六円、被告らより金八二、四七四円、合計金三七九、七八六円の支払を受け受領済であるから金六一、九六二円の過払を受けたこととなる。よつてこの過払額は次の項の諸手当において相殺することとする。

(二)  得べかりし諸手当

〔証拠略〕によると原告は、得べかりし諸手当金一二一、三三四円を喪失したことが認められる。よつて前項の過払金六一、九六二円を控除すると残額は金五九、三七二円となる。

(三)  労働能力喪失による得べかりし利益

〔証拠略〕によると、原告は、昭和二四年一〇月二四日出生し当時二二才であつたことが認められるからその就労可能年数を四一年、ホフマン式計算の係数を二一・九七〇とするのが相当である。しかして前記後遺障害によると、原告の労働能力喪失率は一〇〇分の三五と解されるから、前記収入を基礎としてホフマン式計算によつて現価を算出すると、金四、六七〇、二九四円(円以下切捨)となる。

金1,664円×365×0.35×21.970=金4,670,294円(円以下切捨)

4  慰藉料

本件交通事故の原因態様、傷害の部位、程度、治療経過(後遺障害についての慰藉料を除く)その他諸般の事情を斟酌すると、原告に対する慰藉料の額は金八〇〇、〇〇〇円が相当である。

5  看護料

〔証拠略〕によると、原告は看護料として訴外宮原ワイに対して金一八九、〇〇〇円支払つたことが認められる。しかして、被告らはそのうち金八七、七七六円を支払い、原告がこれを既に受領しているのであるから、これを控除すると、残額は金一〇一、二二四円となる。

6  原告車の代金

〔証拠略〕によると、本件交通事故によつて原告車が大破して廃車の止むなきに至つたこと、原告車は本件交通事故のすぐ前の昭和四五年六月一五日に金二〇八、三五〇円で購入したものであることが認められる。よつて、原告の被つた損害はその購入費と同額の金二〇八、三五〇円と解すべきである。

7  弁護料

本件訴訟の難易、その請求額、認容額その他諸般の事情を斟酌すると報酬は金三〇〇、〇〇〇円が相当である。

三  以上原告の損害額の合計は金六、一六一、四四〇円となる。よつて、被告らは各自原告に対して金六、一六一、四四〇円及び内金五、八六一、四四〇円については本件訴状送達の翌日である昭和四七年六月二八日以降完済迄、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をしなければならない。

よつて、原告の本訴請求は右の限度において正当であるからこれを認容することとし、その余は失当であるから棄却する。訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

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